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 そこからは正直、怒涛の日々過ぎてあまり記憶がありません。

 大きいお腹を抱えながら、夫の海外への引っ越しと私の実家への引っ越し準備。

 夫は提出する書類が沢山あるとのことで、ほぼ私が一人で荷造りする羽目に。


 それでもいよいよ出発の時。


 夫は私のお腹をさすりながら、優しく話しかけます。


「パパ行ってくるよ。今度会うときはもう産まれてるんだよね。なんか不思議だね」


 思わず二人して涙ぐんでしまいました。


「来月の予定日前にちゃんと帰ってくるからね。それまでママのお腹の中にいるんだよ?」


 浮かんだ涙をシャツでグイッと乱暴に拭い、夫は機上の人に。


 私は二人で暮らしたマンションから実家にお引越し。

 幸い残りの妊娠生活は順調そのもので、大きなトラブルもありませんでした。

 もちろん夫は毎日連絡をくれましたし、正直あまり関わり合いになりたくない夫の実家とも距離を保つことができて


(やだ!思ったより全然快適なんですけど!)


 夫がいない生活にもすぐに慣れ、悠々自適な実家暮らしを満喫していたのです。


 しかし


 私が夫との結婚生活において、本当に穏やかな日々を過ごせるのは、後にも先にもこの時【だけ】になるだなんて、当時は思いもよりませんでした。


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 そして予定日までいよいよあと数日となり、少し日焼けした夫も帰国。

 私の実家に泊まることになりました。


「いよいよだね!」

「いやー予定日より早まらなくて良かったよ!」

「パパのことちゃんと待ってくれてたんだよね?」


 そんな会話をしていた予定日当日、昼過ぎに検診を受けて帰宅。


「大分下がってきてはいるけど子宮口はまだ1㎝しか開いてないって!でも噂の内診グリグリは本気でヤバかった!」

聞いてるだけで痛そうで無理。1週間しかいられないからなァ早く出てきてよー!」


 お腹に向かって説得し出す夫。それが功を奏したのか?


「来たかも!」


 昼間の診察での卵膜剥離が効いたのか?

 いずれにせよ陣痛と思われる痛みが夕方ごろから断続的にくるように!


 そこからなんと12時間!


 子宮口がなかなか開かず痛みに悶絶!

 それでも朝には待望の娘、爆誕!


 陣痛中はウロウロおろおろで全く役に立たなかった夫ですが、ちゃんと立ち会ってくれて、産まれた時には涙ぐんで


「頑張ったね!ありがとう!」


 と血が苦手なのに、頑張ってへその緒を切ってくれました。


 その後


 義両親による名付けへの余計な口出しとかやらかしとかまあ色々あったものの、無事退院。


 産まれたての我が子のことで私の脳内メモリはいっぱいなので、この時の夫の様子はあまり覚えていません。

 が、とにかく喜んでくれたこと、これからもっと仕事がんばるよ、と娘をずっと抱っこして写真を撮りまくっていたことは覚えています。


 そして夫は現地に帰っていきました。


 夫とは産前と同じ頻度でビデオ通話やLINEで連絡を取っていましたが、夜泣きや授乳時間とかぶったりすることも。


「ごめん今無理!」

「泣いてるから!」

「ちょっと時間考えてよ!」


 産後のガルガル期もあり、写真や動画は一方的に送ってはいたものの、連絡の頻度は毎日から一日おき、二日おきとどんどん減っていくことに。


 後に夫が言うには『あいかの努力不足』。

 私はこの時、無理してでも夫を繋ぎ止めるべくちゃんと連絡に応じるべきだったのです。


 もし、そうしていたら


 夫は【あんな事】をしなかったかもしれない。


 私の言動は産後の女性にとって普通にあり得るものだったと思いますが、私たちに立ちはだかる物理的な距離の壁は、どんどんお互いの心の壁となって私たちの気持ちを引き離していきました。


 そんなある日、半分寝ているんだか起きているんだか朦朧とした状態で受けた電話。

 夫は珍しくかなり呑んでいたのか、ご機嫌でこう言いました。


「チケット取っといたよ!」




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